てれびくん編集部に持ち込まれた古いアルバムから企画が始まる 『ウルトラマンの現場 ~スタッフ・キャストのアルバムから~』

 

数年前、てれびくん編集部に、1冊の古いアルバムが持ち込まれました。そのアルバムはとても古く、中に収められている紙焼きも白黒だったり、色褪せていたりというような状態でした。ですがそこに写っていたのは、てれびくん編集部でも見たことが無いような、半世紀前の『ウルトラQ』『ウルトラマン』の撮影現場のメイキング写真だったのです。

『ウルトラQ』『ウルトラマン』と言えば、知らない人はいないテレビ特撮の元祖。『ウルトラQ』が1966年1月。『ウルトラマン』がその後を受け7月より放送されました。視聴率はいきなり30%越え。怪獣や宇宙生物が毎週登場し、映画クラスの豪華な特撮が、自宅のテレビで放映され続けたのです。当時の日曜夜7時には、子供たちが町中から消え、テレビの前にワクワクしながら陣取っていた、という話もまことしやかに伝わっています。

このような番組ですから、当時の写真も数多く公開されており、それこそ円谷プロダクションのライブラリーは、ほとんどが自社他社含め、手が付けられているような状態でした。

そこに、このアルバムです。

聞けば、当時の現場スタッフが全くのプライベート用として写真を撮影し大事に取って置いていたもの、とのことでした。

「オフィシャルの写真はほとんど公開されているが、このようなスタッフやキャストが当時撮影していたプライベートな写真なら、取材すればもっと発掘できるのでは?」

『ウルトラQ』で江戸川由利子、『ウルトラマン』ではフジ・アキコ隊員を演じられ、現在は円谷プロダクション内でコーディネーターを務めている桜井浩子氏に連絡を取り、そのご紹介で、当時の現場スタッフの方々に取材を開始しました。

 

写真を見ながらでなくては聞けない、50年前の現場からの「肉声」

 

 ご紹介していただいた方は、それこそ特撮の歴史を作ってきたレジェンドとも言うべき人々。『Q』『マン』の監督を務め、「バルタン星人の生みの親」とも言われる飯島敏宏氏や、2作品の脚本を金城哲夫氏とともに務めた上原正三氏。特撮班のキャメラマンとして円谷英二の薫陶を受けた佐川和夫氏など、本当に現場を作ってきた当時「若手」だった人たちです。金城哲夫氏は鬼籍に入られているので、ご家族の方からお話を伺っています。

 アルバムの写真を見せながら当時の状況や思い出を語ってもらい、その途中で同じようなプライベート写真を持ってないか、お借りできないかを交渉し、それ持ってまた別の人に話を伺う。愚直に取材を進めました。

役者さんにも話を伺いました。特に、『ウルトラマン』でホシノ少年を演じられていた津沢彰秀氏は、ご家族の方が撮影現場に同行されていて、自前のカメラで多くの写真を撮影していたため、貴重なプライベート写真を借りることができました。ウルトラマンのスーツアクター・古谷敏氏やハヤタ隊員役の黒部進氏、もちろん桜井浩子氏からも写真をお借りしたり、多くの話を伺っています。

 

ウルトラマンシリーズ放送開始50年の本年中に

 

 それらをまとめていると、気がつけばウルトラマンシリーズ放送開始50年の今年がやってきてしまいました。急ぎ編集を進め、円谷プロダクション様を含めた関係各社に調整を行い、なんとか年内に間に合わせることができました。

 

 この本の取材を通じて感じたことは、ありきたりではありますが、やはりすべてをやり通すのに必要なのは<情熱>だということでした。『ウルトラQ』や『ウルトラマン』のような、当時世の中になかったモノを作り出す為には、精神的にも肉体的にも多大なエネルギーが必要です。ただ当時のスタッフたちは、それを<情熱>で作り上げていきました。だからこそやり遂げられましたし、そうしてできあがったモノは50年に渡り人々の記憶に残り、この後もフォロワーを産み出していくものとなっているのです。

新たな写真と証言、そこから見えるモノ作りの情熱溢れる現場の空気を、この写真集から読者の皆様に読み取ってもらえれば、と思っております。

 

『ウルトラマンの現場 ~スタッフ・キャストのアルバムから~』

監/円谷プロダクション

 

てれびくん編集部に持ち込まれた古いアルバムから企画が始まる 『ウルトラマンの現場 ~スタッフ・キャストのアルバムから~』