関東大震災、昭和恐慌を乗り越え、港街を発展させたすごい男がいた。今こそ注目されるべき原三渓を描いた、『横濱王』。

 
震災復興、経営の手腕、パトロン、平和への外交。多彩なメッセージを発信した男。

 昭和十三年、横濱。日中戦争の軍需景気にあやかりたい青年実業家の瀬田修司は、大富豪である原三渓からの出資を得ようと関係者を巡り、その実像に迫ろうとする。しかし、話を聞くほどに素顔は掴めない。そして、昭和の電力王と言われた松永安左ヱ門の口利きで、三渓園の茶室で三渓との対面が実現。静かに向き合い、語らうとき、瀬田の中に眠る遠い記憶が蘇る。何かが少しずつ変わろうとしていた…。

横浜出身である著者・永井紗耶子さんが、原三渓について知っていたのは、「三渓園の主」「生糸王」「茶人」ということぐらいでした。調べていけば、いずれ、三渓の毒気や弱点があるだろうと思っていたと言います。しかし出てくるのは、家族を愛し、当時のオーナーだった富岡製糸場では女工たちの労働条件を整え、世界最高ランクの生糸を生産。関東大震災後は、貿易復興会の先頭に立ちわずか十七日で横浜港での貿易を再開させ、私財を擲って孤児院建設などを行う。ほかに、前田青邨ほか新進の日本画家たちを応援、育成。名園「三渓園」を作り、市民に無料開放…。といった、偉業ばかり。どこか超然と私心を捨てた「無私の人」でした。
そして、死の間際に書かれた手紙には、近衛内閣が中国との交渉を中止したことを強い口調で非難し、外交努力の必要性を説いています。

貧しさから抜け出そうと、時代の波に乗ろうしている主人公に、原三渓は何を語りかけたのか。これに対して、瀬田は何を感じたのか。
これが、この物語のもうひとつの読みどころです。

瀬田という若き実業家は、永井さんがほかにも伝えたかったことを作中で体現してくれています。ひとつは貧富の差、もうひとつがモダンで華やかな横濱の文化や風俗です。人々が映画や音楽を楽しみ、海外に出かけ、美食を堪能し、夜のネオンに遊ぶ。しかし、東京オリンピック開催を辞退、中国との実質的な国交断絶、色鮮やかな文化もぜいたくとされるようになり、その後日本は太平洋戦争への道を進んでいきます。

ラストシーンは、終戦後の横濱です。
「これは戦前の物語です。そして今につながる物語です」とエッセイで書いた、著者の熱い思いの詰まった書き下ろし小説。ぜひ、ご一読ください。

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NAGAI
著者プロフィール;永井紗耶子(ながい さやこ)
横浜生まれ。慶應義塾大学文学部卒。新聞記者を経て、ライターとして雑誌、新聞の記事を執筆。2010年、第11回小学館文庫小説賞を受賞。著書に『部屋住み遠山金四郎 絡繰り心中』『旅立ち寿ぎ申し候』(以上、小学館)『帝都東京華族少女』(幻冬舎文庫)がある。最新刊は、次のNHK朝ドラの主人公のモデルを描いた評伝『広岡浅子という生き方』(洋泉社)。
 

 

関東大震災、昭和恐慌を乗り越え、港街を発展させたすごい男がいた。今こそ注目されるべき原三渓を描いた、『横濱王』。