半身不随から復帰を遂げた「左手のピアニスト」 “何があっても絶望しない”舘野泉さんの生き方『絶望している暇はない』

 

<病気で倒れた時の話になると、皆口々に、“辛かったでしょう” “大変でしたね”と言う。たしかに体は不自由になったし、両手でピアノを弾くこともできなくなった。でも、当の本人は、気に病みもしなかったし、絶望もしなかった>

「左手のピアニスト」と知られる舘野泉さんが、自身の生き方を35の言葉で綴った著書を上梓した。

舘野さんは、80歳を過ぎた今も、現役で世界を飛び回るプロのピアニストである。ところが65歳の時にリサイタルの最中、脳溢血で倒れてしまう。

そして右半身不随となる。

だが舘野さん本人だけは、まったく動じていなかった。その事実を受けとめ、抗わなかった。

<「つらい」と愚痴るより笑えばいい>

これは舘野さんの新著の一節。

舘野さんは「人生を楽しむ」ことにかけて、達人の域なのだ。

たとえばリハビリ。倒れた直後は発語も歩行もままならなかった。少しでも回復するには、辛いリハビリに耐えなければならない。ふつうならこう考える。

だが舘野さんは違う。

<新しい体験に夢中で、絶望している暇なんてなかった>

新しい体験──人生初のリハビリが「楽しかった」と言うのだ。

 

<辛くなんかありません。だって、毎日、何かができるようになるから。もちろん、こけたり失敗したりすることも多いですよ。自分でもそれがおかしくて、家内に話すと一緒に笑ってくれた。しばらく経ってから、家内に “リハビリ期間ほど、わが家に笑いが絶えなかった日はなかったわね” と言われました>

しかし右手が復活することはなかった。落ち込むこともあった。

<どんなにつらくて落ち込んでも、次の日に忘れてしまえばいい>

「左手のピアニスト」の誕生は突然だった。

<病に倒れてから1年以上過ぎた頃、久しぶりに顔を合わせた息子のヤンネが、一枚の譜面を無言でピアノの上に置いたんです。イギリスの作曲家ブリッジの『左手のための三つのインプロヴィゼーション』でした。知らない曲ではありません。楽譜を見ていたら急に弾きたくなって、憑かれたように弾いたら、弾けた。左手一本で弾いているのに、音が立ち上がってきた。自分の目の前に、『左手の音楽』という見たこともない新しい世界が開けてきました>

舘野さんは、左手一本に集中したことで、むしろ音楽の本質が見えてきた、と言う。

<右手を奪われたんじゃない、左手の音楽を与えられたのです>

 

舘野 泉(たての・いずみ)

『絶望している暇はない 「左手のピアニスト」の超前向き思考』 

定価:本体1,000円+税 2017年6月7日発売

新書判・160ページ

ISBN978-4-09-388557-7

本書内容はこちら

<プロフィール>舘野 泉…1936年11月10日、東京生まれ。東京藝術大学卒。1964年よりフィンランド・ヘルシンキ在住。2002年1月、リサイタル中に脳溢血で倒れるが、2004年に復帰。左手の楽曲を充実させるための募金「舘野泉 左手の文庫」を発足。80歳を超える今も、国内外で年間50近いリサイタルを行なう。

半身不随から復帰を遂げた「左手のピアニスト」 “何があっても絶望しない”舘野泉さんの生き方『絶望している暇はない』